こうじマガジンNO.242 (2009.8.26)  


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こうじマガジン NO.242

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「2009年8月3日から2009年8月10日までのダイアリー」



●●2009年8月3日●●


「総務委員会打ち合わせ。」

朝8時から段原交差点にて街頭演説。暑い夏の日差しの中での演説になりました。
どうしても国政ネタが中心になりますが、
9月議会に向けて数年ぶりの大型補正を景気対策として知事要望したことや、
年初からの1200億円に及ぶ経済雇用対策の効果の検証も必要不可欠であることなど、
訴えさせていただきました。
「政局よりも景気」とこの一年政府与党が行った景気対策が有効だったのか、
回復の実感を国民の皆さんが持っているのか、は今回の総選挙の大きな争点です。
広島県においても同様の検証が必要です。

午後からは明日から一泊二日の予定で実施する
総務委員会県内調査の打ち合わせを行いました。
東広島市、福山市、尾道市と回る予定ですが、
委員長として初めての調査ですので気合を入れて頑張りたいと思います。
夕方6時半からは広島1区選対会議。



●●2009年8月4日●●


「総務委員会県内調査。」

今日から一泊二日の予定で総務委員会県内調査の日程です。
朝10時に県議会を出発して、
まず「県立総合技術研究所西部工業技術センター生産技術アカデミー」
(東広島市)に向いました。中小企業の技術開発への支援や相談、
応用可能な新技術の開発と研究所の役割は多岐にわたっています。
その中でも広島県が現在力を入れているのが、介護食等に応用可能な凍結含浸と、
自動車等の軽量化に応用可能な炭素繊維です。
訪問した生産技術アカデミーでは
この炭素繊維プロジェクトチームが設置されています。
アメリカや中国が取り組まない
「開発に10年かかる技術を、3年ぐらいで完成させる」ことが目標とのことですが、
国際競争力を維持していくためには「組織的な研究開発」
(個人の優れた能力に頼らない)が必要だと強調されたのが印象的でした。

昼食は広島大学キャンパス内にあるレストランで、
広島大学副学長の山根 八州男教授と北京研究センター長佐藤 利行教授
とご一緒しました。広島大学では少子化の影響で学生数が減少する
という長期的なしかも困難な問題に直面しています。
その克服のためには優秀な留学生を獲得する、というのが一つの解決策です。
大学の世界ランキングというのがありますが、
留学生の数は重要な指標に位置づけられています。
今年度に入ってからも広島県と共催で、
北京において留学生フェアを実施したとのことでした。
こうした取り組みが成功するよう知恵を出していかなければなりません。

午後からは同じ東広島市テクノプラザに立地している
広島国際プラザを訪問しました。
この施設はJICAと広島県が共同で設置運営しているものです。
ちょうどフィリピンから介護福祉士を目指して来日し、
ここで日本語を勉強しているその授業がありましたので見学させていただきました。
3年間で日本人と同じ試験を受けて一発で合格しないと帰国
というシビアな世界で、是非頑張っていただきたいと感じました。

それから福山市に移動して、
福山市役所でバス路線再編の取組状況について説明を受けました。
福山市では「人・まち・環境にやさしいバス交通」を目指すオムニバスタウン事業
を展開されていて、市内を4つのゾーンにわけ
効率的なバス運行の実現に取り組んでおられます。
中心部循環路線は「まわローズ」といって、約20分間隔で運行されています。
福山市の都市の全体像がつかめる調査でした。
この日は福山市泊。



●●2009年8月5日●●


「総務委員会県内調査二日目。」

朝9時前にホテルを出て東部県税事務所に向かいました。
「直接徴収制度を活用した個人住民税の徴収」について説明を受けました。
2年前の税制改正(三位一体改革の一環)で、
所得税から住民税への税源移譲(所得税の減税と住民税の増税)が行われました。
私のところにも、「住民税が高くなった」
と苦情の電話がいくつかかかってきましたが、
これは所得税減税とセットになって税源移譲を目的とするものでした。
しかし所得税の減税は高額所得者ほどその恩恵が大きく、
住民税の増税は低所得者ほどその痛みは大きいという結果になり、
個人住民税の滞納、未納が大幅に増えてきています。
これはまさに政策の失敗といえますが、自治体ではこの滞納率、収入未済率を
下げるために努力していかなければなりません。
こうした状況は政治的に改善が必要ですが、
ますます「解決のためには政権交代によるしかない」との意を強くしました。

次に訪問したのは尾道市因島にオープンした本因坊秀策囲碁記念館です。
この施設は合併特例債を活用して造られたもので、
因島ではこの記念館を核に「囲碁によるまちづくり」を目指しています。
本因坊秀策は江戸末期に活躍した碁聖で、幼い頃から母親から囲碁を教わり、
その才能を尾道の豪商橋本竹内に見出され、
三原藩主浅野公の庇護のもと江戸の本因坊家で修行に励むことになったそうです。
その後養子となりやがて当主となりますが、
母親の教育、才能の芽を見出す当時の社会、人生における貴重な出会いとその発展、
学ぶべき点は多々あるなと感じました。
因島で昼食後広島県議会へ向い、
3時前には到着し無事一泊二日の県内調査を終えることができました。



●●2009年8月6日●●


「平和記念式典。」

8.6は毎年同じスケジュールで動きます。
朝4時起床後、朝起き会会場の広島市立皆実小学校体育館へ。
約5分間の演壇を行わせていただいた後、平和公園へ移動、
広島戦災供養会の慰霊行事に参列します。
ここでは「被爆後各所にちらばっていた遺骨の収集が進められ、
身元不明の遺骨や氏名が判明していても遺族のわからない遺骨等約7万柱を
供養塔に納骨しています」。

終了後は8時からの平和記念式典に出席します。
今まではここまででしたが、今年は8月30日の総選挙を目前に、
鳩山代表も式典に出席されておられ、
11時から被団協の理事の皆さんとの意見交換が行われることになり、
私も同席することになりました。
原爆症認定訴訟につきましては本日麻生総理が一括解決を打ち出しましたが、
認定待ちの方々が7800人、
訴訟を提起していないが決定に不満を持っていらっしゃる方々等、
これで問題が解決したとはとうてい言えない状況です。

意見交換は約30分間にわたって行われ、理事の皆さんの被爆体験をお聞きし、
その言葉の重さに心を動かされました。
語り部の皆さんの説得力にあらためて感動した会合でした。
政権交代が実現すれば鳩山代表は総理大臣です。
この問題をどう解決していくのか、
今回の会合はその意味でも非常に重要な意味を持つと思います。
被爆者への援護は一律国の仕事です。
広島県・市はその窓口としての役割しか担っていません。
とはいえスムーズな行政が実現できるようチェックが必要です。

終了後は事務所に戻って今期の学生インターン生のオリエンテーションを行い、
4時過ぎの新幹線で尾道市へ向いました。
日頃からお世話になっている会社経営者の方々との懇親会に臨みました。
11時前に帰宅。
長い一日でした。



●●2009年8月7日●●


「福山哲郎参議院議員、岡田克也民主党幹事長。」

午前中はお盆前ということで市内企業へのあいさつ回りを行いました。
そして1時前には菅川事務所に行き、
今日予定している街頭演説の打ち合わせを行いました。

午後1時30分から白島クレド前にて福山哲郎参議院議員を迎えての街頭演説会、
そして4時半からは金座街商店街入り口において
岡田克也民主党幹事長を迎えての街頭演説会と2つとも大事なイベントです。

皆さんもご存知の通り今日昼ごろ山陽自動車道で大きな事故があり、
河内西条インター間が上下線とも通行止めというハプニングがありました。
1時前に広島空港入りした福山哲郎参議院議員もこの渋滞に巻き込まれ、
白島クレド前への到着が30分以上遅れてしまいました。
おりしも強烈な日差しのもと菅川予定候補と到着を待ちながら
演説を繰り返しました。福山哲郎参議院議員は松下政経塾の2年後輩で、
今日は3時からの「民主党マニフェスト説明会in広島」に出席予定で、
無理を言って企画したのが今回の街頭演説会でした。
非常に元気よく応援演説を行って、
その後は街宣カーで説明会会場のワークピアまでマイクは握りっぱなしでした。
陣営にとりましてもいい刺激になったと思います。

そして4時半からは金座街商店街入り口において
岡田克也民主党幹事長を迎えての街頭演説会で、
こちらは三百人近い方々が足を止めてお話をお聞きいただくことが出来ました。
政権交代への激流をここでも体感することが出来ました。
今回の特徴は老若男女問わず関心を示していただいているということです。
ある一定の年齢層や性別に偏っているという傾向はありません。
これが爆発的な力を発揮することは間違いないと思います。

終了後6時半からは「熊本憲三君の議員在職十五周年を祝う会」に出席
(ホテルグランヴィア)。



●●2009年8月8日●●


「日本を変える公衆トイレ掃除「宮島トイレ掃除の集い」。」

朝8時半グランドプリンスホテル前発の高速船で宮島へ。
9時から日本を変える公衆トイレ掃除「宮島トイレ掃除の集い」に参加しました
(学生インターンも一緒)。「トイレ掃除は心磨き、
広島の誇る世界遺産安芸の宮島の公衆トイレを、
私たちみんなの手できれいにしましょう」の掛け声のもと、
集まった同志約200人、
10組に分かれて宮島内にある10ヶ所の公衆トイレの掃除に向いました。
私の組は清盛神社傍の公衆トイレでした。

偶然隣にあった清盛茶屋の経営者坂田さんとは雑誌の対談以来旧知の仲で、
ここの公衆トイレは比較的利用者が多いわりにはリニューアルもされず、
バリアフリーにもなっていないので改修の必要性があるのでは、
と要請を受けました。この辺りは枕崎台風の時にできた「砂防庭園」で
立派な松がいい景観を生んでいますが、管理は広島県とのことでしたので、
関係先に問い合わせてみたいと思います。

掃除のほうも順調に進み、約1時間半便器磨きや周辺の掃除に集中しました。
11時半には再び桟橋付近に集合して恒例の感想発表。
この時間が最高に楽しい時間です。皆さん炎天下汗だくになって掃除して、
そのままこうして自分たちの経験や感じたことを共有しあう
というのは素晴らしい瞬間です。
あいにく正午前には広島港行きの高速船に乗りこまなければならず、
終了後の入浴は出来ませんでしたが、いつもどおりの満足感を持って帰りました。

今日はその後もイベント続きで、
5時過ぎには西区観音新町三菱構外グランドで行われた
「第28回三菱広島フェスティバル」に参加しました(学生インターンも一緒)。
2時間ぐらい皆さんとお話した後、8時前には宇品東小学校へ向いました。
ここでは恒例の「宇品東学区盆踊り大会」に参加しました。
今年から会場が小学校に変更になりました。

イベント続きの一日でしたが、爽快な気分で過ごすことが出来ました。



●●2009年8月9日●●


「広島市中区基町高層アパート群。」

今日はあいにく雨模様の天気でしたが、
午後から街宣カーで広島市中区基町高層アパート群周辺を回りました。
南区にも市営の高層アパート群である霞団地がありますが、
やはり規模とその歴史からいって広島の象徴といえる地区です。

昭和53年(1978年)10月に建てられた基町地区再開発事業完成記念碑によりますと、
「ここから一望できる高層住宅群は、基町地区再開発事業により建設された
県・市営の改良公営住宅・公団住宅及び公社住宅であり、その戸数は4,566戸であ
る。
(中略)昭和43(1968)年度から33.36ヘクタールの区域にある
2,600戸の老朽住宅を除去し高層住宅を建設した、
実に10年の歳月と226億円あまりの巨費を要した大事業であった。」とあります。

私は昭和38年(1963年)生まれで、昭和44年(1969年)には
幟町小学校に入学しましたが、当時この地区からも生徒が来ており、
幼いながら原爆スラムと呼ばれていたころのこの辺りの風景を見、
友達の家で遊んだ記憶がかすかに残っています。
それから約20年後、1991年に広島市議会議員に初当選して
所属した会派の先輩に中島金平さんがいらっしゃいました。
既に引退されておられましたが、この基町地区を地盤にされていた保守系の議員で、
第58代副議長(昭和42年〜44年)も務められた方です。
その後ご葬儀にも参列させていただきましたが、
たくさんの参列者に感動した記憶があります。

政治的には中島議員が引退されて後保守系の基盤も崩れ、
公明党・共産党の支持者が多い地区になっていったそうです。
この地区の方々が現在の政治の激流をどのように捉えていらっしゃるのか、
私には大変興味があります。建物の老朽化や入居者の高齢化が進み、
さまざまな社会問題に直面していらっしゃると思いますが、
政治に何を望み、具体的にどの政党を支持しようとされているのか、
私自身は広島1区の勝敗だけでなく
今回の総選挙の帰趨を決める投票行動になるのではないか、と考えています。
今日は約1時間にわたり、街宣活動を行いましたが、
まだまだ感触はつかめません。
これからも何度となくこの地区での街頭活動に参加して参りたいと思います。



●●2009年8月10日●●

「高校の同級生。」

先週スケジュールがハードで身体がなまっているような感じだったので、
今日は朝6時前に起床後自主トレ(元宇品コース)。

午前中は事務所にて来客対応等をこなし、午後からは県議会で数件の打ち合わせ。
夜はお盆で帰省中の同級生二人とミニ同窓会を行いました。
JFEに勤める一人はすでに同期で一番乗りで部長に昇進していて、
40代半ば世代が中核をしめつつあることを実感しました。
これからの10年が正念場です。




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